暴走する学校!昼の放送の裏には教員の指導がある1

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学校は社会の密室である。
そこに生息している者しか知り得ることがない。
疑問を持つ者
腹を立てる者ですら
その原因を自分の中から言語化することが難しい小学校でのとある日の出来事である。

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昼の放送の善い行いの強制

今日も児童会が頑張っている。
学校の良い行いを放送で言っているのだ。
広めようとしているのだ。

◯年◯組の△△さんがトイレのスリッパを揃えていました。

これだけならまず許せる。
みんなで使うので、マナーだからせめて自分が使うスリッパくらいは集団生活なんだからそろえてよね、ってこと。
自分も共同で使うんだから、あった場所にスリッパは戻す、当然だと思う。

それに続く児童会のコメントが・・・・

◯年◯組の△△さんがトイレのスリッパを揃えていました。きっと次に使う人に気持ちよく使ってほしいからだと思います。

本人の心理を推察するってどうですか?
別の理由があるかもしれない。
たとえば

「え?あたりまえのことやん。(習慣)」

とか

「だって誰かにダメな奴って思われたくないもん。」

とか

「褒められたいから。」

人それぞれ思うところはある。優劣なんて、ない。それを児童会が目標とする最高水準の動機に持っていく。

またある日の放送がぶっ飛びだ。

「◯年◯組の△△さんが休み時間に友達を遊びに誘っていました。きっと学校からいじめをなくしたいんだと思います。」

意味わからん・・・・・

その子が好きだから遊ぼうって誘ってたんやないの??
そんな義務感から誘っていたの?

児童会の子は必死に理由を考えていたんだろうけれど。

児童会の行動には必ず裏には教員の目的がある。
自称「崇高な目的」が。

それは暴走する教育にほかならないと思う。
常に学校では価値に序列がある。
個人から集団へ
やがてそれは
無償の労働へとたどり着く。
ボランティアである。

ぶっちゃけこんな放送入れてたら子どものために良くないと思うが校長承認。

ちなみに現役の教員である母は公務員である。つまり現場の生の声である。
そして、
実際母から聞き取った言葉を記事にしている。

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選択できる形をとる強制
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さつきっくカノンKobo

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